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ラダははブログ ~ラダックで 母 奮闘~

ラダックの都「レー」でザンスカール人の夫と子供たちと過ごす毎日

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伝えたかったこと


昨日の記事で、ヤンペルのお母さんが亡くなったことを報告させていただきました。

たくさんの温かいメッセージを頂戴し、本当に胸がいっぱいです。

ヤンペルのお母さんは、今私が住んでいるレー近郊にある家と、ザンスカールの実家に交代で滞在していました。

そのため、生前お母さんと様々な形で関わってくださった方もとても多く、いただいたメッセージを拝見し、私が忘れていたり知らなかったお母さんとの思い出に思いを馳せることができました。

本当にありがとうございました。


お母さんの人生は、決して平坦なものではなかったと思います。

一夫多妻制の伝統にしたがって二人の旦那さんと送っていた結婚生活、ヤンペルやご本人から聞いた話では手放しで幸せと呼べるものではなかったそうです。

でも、私と出会ってからのお母さんの生活は、たくさんの子供や孫にかこまれた穏やかで幸せなものだったと私には見えていました。

以前掲載したお母さんへのインタビューでも、今が一番幸せだという思いが伝わってくる話が聞けました。

そのことは、残された私たちやヤンペルにとって大きな支えです。

人生の最後、病院でもレーの私たちの家でもなく、ザンスカールの家で、彼女が築いた温かく大勢の家族に見守られ息を引き取ることができたこと、一番お母さんが望んでいた形だったはず。

そして苦しみや痛みは最小限だったと想像しています。


それでもお母さんが亡くなったという報告を受けてから、私も子供達も、お母さんにもう2度と会えないのだという事実に大きな喪失感に包まれています。

特に子供達は、頭の中が混乱している様子が明らかで、突然叫ぶように何度も号泣したりと落ち着きません。

ヤンペルの判断でザンスカールに一緒に行けず、最後にひと目会えなかったことが、悔いても悔いても悔みきれないと言っています。

私も子供達も、最後にひとこと、生きているお母さんと話したかったという気持ちが強いです。

私がお母さんに伝えたかったこと、それはお母さんへの感謝の気持ち。

先日も書きましたが、私はヤンペルを産んでくれたこと、私のことを最初から最後まで大切にしてくれたこと、それに子供達やラサのことを愛してくれたこと、これまで一緒に過ごした時間のことばかり考えていました。

でも子供達が伝えたかったことは別のことでした。

「これからも元気でねってひとことつたえたかった」と言って泣いている姿に涙腺崩壊。

やはりラダックで育っている子供達の死生観は、私が持っている死生観とは全く異なるのだなと思い知らされています。

例えば、こんなことを教えてくれています。

子供達によると、今お母さんの魂は肉体を離れ、亡くなってから49日までこの世を自由に飛び回るのだそうです。

今まで行きたくても行けなかった場所に自由に旅行して回っているそうです。

行ってみたいから連れて行ってとよく冗談で話していたから今は日本あたりを飛んでいるんじゃないかな、いやもしかしたら意外なところで好奇心の強い人だったからヨーロッパ辺りを見学してるかもしれないよ、とみんなで想像しています。

そんな話の途中にも、お母さんと交わした冗談や会話を思い出してしまいます。

今は悲しさや寂しさにどうしてもとらわれてしまいますが、少しずつ日常やこれまでの思い出をみんなで語り合ううちに、癒されてゆくと思います。

あんなに熱心に毎日毎日お祈りをしていたお母さん、きっと今まで以上に幸福で安らかな時間が流れているんじゃないかなと思います。



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