ラダははブログ ~ラダックで 母 奮闘~

ラダックの都「レー」でザンスカール人の夫と子供たちと過ごす毎日

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回復

昨日今日で、ようやくもとどおりになるかもしれないと思える状態にまで秋生が回復しました。


少し前の話になりますが、創一の左足の骨にひびが入って長いギブス生活、その後ギブスが取れたにも関わらずよろよろと歩いていた時にも、もう二度と正常に歩けないかもしれないなどと相当暗い気持ちになっていました。

創一はあの時の心配は何だったんだろうと笑えるほど走り回りまくっていますが、子供の怪我や病気の事になると、悪い方向悪い方向に最悪の事態を想像してしまって、どんなに周りが大丈夫問題ないと言ってくれてもついマイナス思考に陥ってしまう弱い母親です。


だから、あんなに心配をする事は二度とないだろうなどと思っていたのですが、今回の秋生の件はその時と比べ物にならない大変ショックな出来事でした。


入院をした時も手術をした時もその後も、もうダメかもしれないと思い続けていました。


診断された病名については、英語の専門用語で病名を知らされていたので、入院そして手術、その後と正確な病名は把握していなかったのですが、外泊を許された時にインターネットで調べて初めて日本語の正確な病名を知りました。


秋生がかかった病気について調べれば調べるほど恐ろしく、病名をブログに書いてしまうとさらに皆様に心配をかけると思いますので本当に申し訳ありませんが報告できません。



ですが、医師からは経過良好と言われ、そして冒頭で書いたように母親である私自身が今のところ大丈夫なのではないか思える状態になり、ようやく明るい気持ちを取り戻しつつあります。




実は今、私の母のりこがラダックにきてくれています。

もともと創一の足がおかしかった時期に心配で様子を見に来てくれるという理由、そして夫ヤンペルがツアーに同行しっぱなしの超忙しい時期に手伝いに来てくれるという理由で母のラダック訪問が決定したのです。


これはもう偶然としか言いようが無いのですが、なんと母が来た日の夜に秋生が不調に陥り、その後病院に行くのに付き添ってくれたり、さらに私と秋生が入院、手術の時には、家でずっと創一の面倒を見てくれていました。

特に手術後は病院に毎日朝、昼、晩のおいしいお弁当を持って来てくれて、何よりも私の心の支えとなってくれました。



母にはずいぶんと心配をかけて泣かせてしまいましたが、特に昨日は秋生がどんどんと回復している様子が目に見えてわかり、ようやく笑って秋生の入院や手術の事を話せるようになりました。

夫ヤンペルは何に優先しても秋生と私に付き添いたいと言っていましたが、私が説得して、もともとの予定通り大切な大切なお客様に同行して仕事をしてもらっていましたので、本当に母には助けられました。

それにスタッフのギャツォさん、夫のお姉さん、夫の育ての親(そういう人がいるのです)など、いつも頼りにしている人たちが本当に親身になって手伝ってくれました。

また、愛する親戚やお客様からの応援のメールを携帯電話で見ては心から励まされていました。


入院中に日本から送って下さった大きい荷物が届いては励まされ、わざわざ心配の電話を頂いて励まされ、このありえない事態のおかげで、改めて自分がどんなに人に恵まれているかを思い知りました。

秋生の病気の事や治療の事で落ち込んで泣いたのはもちろん、人の温かさに触れてありがたくて泣いて、私だったら同じように励ましたり手伝ったりすることができるかしらと泣いて、恥ずかしながらひたすら涙にくれた日々でした。


このように秋生の回復の報告ができる事は、応援してくださっている皆様のおかげだと心から思っています。


本当に本当に、本当にありがとうございました。

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