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ラダははブログ ~ラダックで 母 奮闘~

ラダックの都「レー」でザンスカール人の夫と子供たちと過ごす毎日

2014年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年04月

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とっても気の利くヤンペル君 


レーで病院に入院する時は、ベッドとシーツ以外は、基本的にすべて持参です。

毛布、枕、病院で食べる3食、さらには必要な薬や注射器なども、全て誰かに持ってきてもらわないといけません。

手伝ってくれる人がいないと、ラダックでの入院は絶対に無理です。



看護婦さんやドクターの指示に従って薬や注射器を買ってきてくれるのは、ギャツォさんがしてくれていました。


夫は自宅で息子2人の世話と、入院中の私へのことづけものを用意してくれていました。


ヤンペルが用意したものが摩訶不思議すぎて、あごが外れそうになりました。

・歯ブラシ

歯ブラシのストックはたくさんあるのに、やんペルが私に選んだのは、秋生のためにストックしていた乳児用の歯ブラシ。

インドの歯ブラシは日本の歯ブラシよりもサイズが大きいです。

私が乳児用の歯ブラシでせっせと歯を磨いていると、周りにいた全員がものすごいじろじろ見てきました。

ヤンペル、家で私が歯ブラシをしているところを見たことがないはずがない。

乳児用の歯ブラシなんて秋生以外に使ったことがないのに、妻が弱っていることをいいことに小さな嫌がらせか?


・食事

入院前3-4日と入院の初日は、食欲が全くなかった私。

それでも食べないといけないので、ヤンペルにおかゆを作ってもらって、ギャツォさんに届けてもらっていました。

退院する直前、ようやく固形物を食べる気になったので、ヤンペルが「何かリクエストはないか」と聞いてきてくれた時に「日本米とのりだったら、ちょっとだったら食べれるかも」と電話でリクエストしました。


そして届いたのは、この入れ物。

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この大きすぎる入れ物いっぱいに、ぱっさぱさのインド米がぎゅうぎゅうに詰められていました。

3-4人前はありました。


ヤンペル「日本米の炊き方自信なかったし、ギャツォさんも一緒に食べるかと思って」


そして添えられていたのは、まさかの超でかい全型の韓国のりひとパック。


私が韓国のりをそれはそれは大切にとっておいたのをヤンペルは覚えていたのでしょう。

入院中の妻に、私が食べるのを楽しみにしていた韓国のりを食べさせたいと思ったのかもしれない優しすぎるヤンペルの気持ちが伝わってきて涙がちょちょぎれました。

韓国のり、楽しみにしてただけあってそれはそれはものすごく美味しかった。

でも、小さいサイズののりも大切にとっておいていたし、入院してる時には小さいサイズののりの方がだいぶ食べやすいんだけどなぁヤンペル君。


ものすごい大きなのりは、ラダックの人たちには黒い紙に見えたらしい。

隣のベッドのおばさまと付き添いの人たちが「あれまー、黒い紙食べてるよ・・・」と話しているのが聞こえてきました。


ちぎってものりが大きすぎて、直においているように見えますが、下にお椀があります。
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食事のための机みたいなものは当然ありません。

ですので、こぼさないように注意して食べる必要があるのですが、最新の注意を払っても大きいのりは食べるたびにこごれが飛び散ってベッド中がのりだらけになりました。


ヤンペル、なんて気の利く夫なんだ!!!!!!!!!!!!!!!!
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| 異文化体験記 | 15:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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感激しております

去る日曜日に関西圏で私達一家が出演するテレビ番組が放送されました。

ラダックに1月末にテレビのスタッフの方が来られて、撮影が行われました。

本当は6日間の撮影の予定だったのですが、私が突然入院したため5日間に短縮しての撮影でした。


撮影の様子を少し紹介させていただきます。

インダス川とザンスカール川の合流点
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場所、時間によって七変化のザンスカール川。
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ちなみにこの色は、冬限定の色です。

夏になるとコーヒー色ににごります。


氷の下に見えるのは河底の石。
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水が流れているように見えるかもしれませんが、この形でこおっているのです。


いろんな氷の世界が現れます。
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ちょっと!
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ちょっとまってよ夫ヤンペル(と秋生)!!
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チャダル、創一も歩きました。
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ポーターさんのそりにも載せてもらってごきげんでした。
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その日の私達
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ヤンペルのお腹に秋生がひっついています。


ヤンペルと秋生
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お昼ごはん休憩中の秋生。
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それにしてもすごかったのはカメラマンさんの撮影魂。
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今にも落ちていっちゃいそうで恐ろしかったです。




今にも飛んでいっちゃいそうで恐ろしかったです。
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もちろん私は放送された内容を見ていないのですが、皆様からメッセージを頂いて、素敵に紹介をしてくださったのではないかと想像して喜んでいます。

ラダックに来たい!という嬉しいお問い合わせもたくさん頂いています。

テレビ出演をすることで、ラダックザンスカールに興味を持ってくださって実際に来てくださる方が増えるのではないかなと期待していたので、出演の依頼を受けてよかったねと、夫と一緒にとても嬉んでいます。


番組を見て初めてお問い合わせやメッセージを頂いた皆様に超感激。

そして、更に嬉しかったのは5年?10年?20年?以上音信不通になっていた同級生の皆さんや友達などからたくさん連絡が来たこと。


懐かしすぎて涙を流しながら、再会を喜んでいます。


今私はラダックで幸せに暮らしていると自信を持って言えます。

でも、やっぱり寂しい思いを感じることがあるのです。

そんな時、思い出すのは日本の家族や親戚、友人やあたたかく見守ってくださる方々のことです。

私がラダックで暮らせているのは、日本で応援してくださる皆さんのお陰だと改めて感謝しています。


番組を見てくださった皆様、メッセージをくださった皆様、一生懸命番組を作ってくださった皆様、日本で応援してくださっている皆様、本当にありがとうございました。

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| 日々のつぶやきごと | 09:00 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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水平


病院のベッドって、普通食事とかするときに便利なように、上半身だけ起こせるようになっていますよね。


ラダックの病院でも、もちろん電動ではないけれど起こしたり倒したりできるようになっているのです。


・・・私のベッド以外は。


大部屋の全てのベッドの中で、私のベッドだけはびくとも動かず、完全に水平のまま2泊3日すごしました。


看護婦さんに上半身を起こしたいんだけどと言うと、動かないよと。

壊れているわけではなく、もともとびくとも動かない作りのベッドなんだと言っていました。


日本のようにベッドが患者にちゃんと割り当てられたりしないので、空いているベッドの中から適当に選ぶシステムになっています。


私が選んだベッドは、超水平ベッドでした。


みんなが自由にベッドを起こしたり倒したりしているのを横目で見ながら、羨ましい気持ちになったのは正直なところです。


夫撮影の入院中の私
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わかりにくいですが、孫の手を握りしめて眠っています。

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薬凍ってる

子どもたち二人が寝てしまって、しかもネットがちゃんと動いているので、夜更かしして怒涛のブログ更新をしています。


これからしばらく入院生活についての回想を掲載したいと思います。





私の腕に注射をしようとしている看護婦さんが、持っていた薬を指でコツンコツンしていました。

会話を聞いていると「凍ってる凍ってる」と言っている事がわかりました。



「薬凍ってるんかい」

意識朦朧としながら心のなかで大阪弁をつぶやきました。


看護婦さんが「凍ってても問題ない」と言って滞り無く注射終了。


成分とか、変わらないのかな?


寒すぎるラダックならではの入院エピソードでした。



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注意事項を肌に直接記載される      ↓↓↓
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なんとなく囚人になったような気分に。



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の手の話です。


孫の手。



入院していた時、夫ヤンペルから「なにか病院に持ってきてほしいものない?」と電話がありました。



即答で「孫の手お願い」とお願いしました。


孫の手、日本の100均で購入してラダックに持ち運んできていました。

入院してから、高熱のせいか、薬のせいか、はたまた汚いベッドのせいか謎ですが、とにかく背中が痒くてしょうがない状態だったので、何を差し置いても、あの素敵に曲がった竹の棒が絶対欲しかったのです。


想像はついていましたが、案の定私が孫の手で背中を狂ったようにボリボリ掻いていると、見るわ見るわ、見るわラダックの皆さん。



入院患者さんから付き添いの人、そしてナースまで、全員目を皿のようにして、素敵な棒で背中を掻いている私を、じろじろ見てきました。


もう熱やら薬やらで疲労困憊してたので、背中をかく力以外説明したりする力はかけらも残っていませんでしたので、ひたすらみんなの視線にさらされました。


孫の手を手にした私は、視線などどうでもよいぐらい爽やかな気分でした。


私の入院生活は、孫の手に支えられたと言っても過言ではありません。



ばたばたと退院。

そして1週間後。


ひさしぶりに背中をボリボリしたいわね・・・・・・・


あらどこかしら・・・・・・・・・

家中を探しまわるも孫の手がありません。

夢のように消えてしまいました。


ヤンペルがひとこと「病院に忘れてきたんじゃない」


私「まさか私があの大事な孫の手を忘れてくるわけがないでしょ」



といいつつも病院へ探しに行きました。


看護婦さんに、「あの私がこうやってボリボリしていた棒を知りませんか」と聞くと知らないと。


孫の手の情報は看護婦さんのところには届いていませんでした。


誰かが拾って私の代わりに背中をかいて爽やかな気分になっているかしら、それとも木製の孫の手は薪にされてしまったかななどと思いながら、諦めようねとヤンペルと話をしながら病院の外に出ようとしました。

その時、同じ時期に入院していたお母さんに付き添っていた、私と夫の知り合いが前からやってきたのです。


彼のお母さんはもう退院していたのですが、その日はたまたま再検査にやってきたと言っていました。


彼に「一体こんなところで何してるの」と聞かれ、「私がこうやってボリボリしていた棒覚えてる?あれが見当たらないから病院に忘れたかと思って探しに来たの、なかったけど」と答えると、「退院して一週間もたってるのに、何今頃探しに来てるの?」と彼。

「確かに、すぐに気付けばよかったよね~一週間なんで気づかなかったんだろ」などとヤンペルに言いましたが、私は彼の次の発言に泣き崩れました。



「忘れて行ったあの棒、あそこに置いとくと絶対なくなると思って、僕が預かってる。次あった時に渡そうと思って車の中に保管してるから取ってくる」


諦めた瞬間に戻ってきた孫の手。

諦めが肝心って、こういうことを経験した人が作った言葉だと思います。



ちなみにもともと、ボリボリする部分と、柔らかいゴルフボールみたいなのがついている、マッサージも出来る孫の手だったのですが、ボールの部分はヤンペルが踏んでだいぶ前に壊れていました。

ボールを接着剤でひっつけようとしてもうまく行かず、創一と秋生のいいおもちゃになっていて、なにかにつけてヤンペルに「壊した壊した壊した壊した」とグチグチ文句を言っていました。


心を入れ替え、あの奇跡の戻ってきた孫の手事件依頼、一度もヤンペルに文句を言っていません。


思い出の孫の手、一生大事にします。


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| 異文化体験記 | 00:13 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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創一、学校の様子


今日は第二土曜日。


月に一度の学校土曜休みの日でした。

5日に学校に行き始めた創一。

今日の休みまでに3日学校に通いました。

初日、泣くかと思いましたが泣きませんでした。

二日目、私とヤンペルが学校を離れるときにまさかの号泣。

1日目に泣かなかったので、予想外の号泣でした。


初日に、学校に行くということはどういうことかを実感したのかもしれません。

3日目、ヤンペルだけが送って行きましたが、泣かなかったそうです。

慣れたのかな、それとも泣かないのよ~と言い聞かせて出発したので大丈夫だったのかな。


学校に行きたくないかというとそうではないらしく、泣くんだったら行かなくてもいいよと言うと絶対行くと張り切っています。

学校で勉強するのがとっても楽しいらしい。

「他の子供がおもらしをしていた」とか、「立ち歩いて怒られていた子もいたよ~」とか、「デサルちゃんっていう子がいるんだよ」とか、クラスのアシスタントさんのことを「アチェスタンジン/スタンジン姉さん」と呼んだりしてとても楽しそうに色んな事を報告してくれるので大爆笑しながら耳を傾けています。


さっそく英語、ヒンディー語を習いまくりで宿題も出ていて、さすがインドと言う感じです。



謎なのは、買ったノートにカバーを付けて、名前を書くためのシールを貼らなければいけないこと
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ちゃんとノートに名前とかクラスとか授業名とか各場所あるんだけど、なんでカバーが必要なんだろう。



ヒンディー語
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創一によるとこれは あ らしい。

母も創一に書き順を教えてもらって勉強しています。

A
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猛特訓の甲斐あって、Aうまーい!




慣れたら創一はこのクラスできっと本当に楽しい時間を過ごすと思います。


母は張り切って学校に通う創一を応援しています。
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| ラダック式?子育ての事 | 22:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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我が家の


おかしな生活ぶりが、3月9日日曜日朝10:25~テレビ番組で紹介されます。



放送されるのは関西圏のみとのことです。



http://www.ytv.co.jp/chikyubin/oa/next.html



今番組のホームページを見たら私の写真がギャー!
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| お知らせ | 16:32 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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家が


今日




家が



家が







家が・・・・・・・・・・・・・






溶けました・・・・・。








家全部が溶けたわけではなくて、一部の壁や天井などなので修理をすればおそらく元に戻ると思われますがもう心が折れそうです。




せっかく頑張って建てた家が溶けるとか、ありえない!!!

イヤーーー---ッ!!!!!


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| 家のこと | 22:38 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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祈り


私がレーの病院に入院していた時に滞在していたのは、ベッド16台がある大部屋でした。

入院した日の夜に、40代の女性が亡くなりました。

その女性は、1月のはじめの方に私と同じように風邪をこじらせて入院してきて、治療を受けていたそうです。


私もまだ症状が重かったので、点滴を受けながら意識朦朧としていたのですが、夜突然ナースやドクターが部屋に駆け込んできて心肺蘇生を始めました。

ナースは女性の家族に電話をかけて、すぐに病院に駆けつけるように指示を出していました。


懸命な心肺蘇生が行われているということは、脈も息も止まっているということ。


同じ部屋に入院していた人たちは皆ことの成り行きを見守っていました。

女性の隣の患者はイスラム教徒だったのですが、「恐ろしすぎる」といった内容のことを口にしながら運良くあいていた他のベッドに移動していました。

しばらくして、ドクターが瞳孔を懐中電灯でチェックし、すでに泣き叫んでいた家族に女性がなくなったことが告げられました。

女性の家族はまだ若い20歳ぐらいの男の子でした。

あとから聞いたことなのですが、旦那さんも他の子供も最近相次いで亡くなってしまっていて、残されたのはその男の子だけだったそう。


男の子が「お母さん、お母さん」と泣いているのを見て、私を含め、その場にいた全員が号泣していました。


日本では多分ありえないことだと思うのですが、ご遺体には布団がかけられ、その後4-5時間病室から運ばれることはありませんでした。

女性が亡くなってからずっと同じ部屋に入院していた患者の皆さんはお祈りを捧げていました。

私はその時ギャツォさんも帰ってしまっていて一人だったし、捧げるべきお祈りを知らなかったので、ただただ女性のご冥福を祈っていただけでした。

しばらくすると、一人のお坊さんがやってきて、ご遺体のそばでお経を読み始めました。

そのお坊さんはたまたま別に入院していた患者さんの手伝いに来ていたのだそうです。

その時にも周りの患者さんたちは、小さなお経の本を取り出して一緒にお経を捧げていました。


それが終わってしばらくすると、またお坊さんが3人大きなスーツケースを持って現れました。

へミス僧院から、死後の特別な祈りを捧げるために呼ばれて来ていたとのこと、あとから聞きました。

お坊さんたちはスーツケースからお経を取り出し、長いお祈りをしていました。


ラダックに住んでいる私ですから、ここに住む人々が祈ることを大切にしているかはもちろん知っていました。

ですが、実際に人が亡くなった時を共有してみて、改めてラダックの人たちの祈りに対する思いの強さを思い知らされました。


冬、レーの病院では、毎月のように風邪をこじらせた人がなくなるそうです。


同じ病室の人の突然の死、そしてその後の経過を目撃したことは、私にとって大変ショックな出来事でした。


ラダックの人たちの祈りは、ラダックの厳しい生活や理解を超えた出来事に対する、自分を納得させるための大きな手段でもあるのかもしれないと思いました。




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| 異文化体験記 | 17:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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登校



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ひとちゃんのトーマスかばんにお弁当とクッキーを入れて嬉しそうな創一

秋生「僕ももちろん登校する」




これが創一の通うラダックパブリックスクールです。

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クラスルームに到着。


明らかに
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緊張している創一の顔
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私に似て落ち着かない様子の創一
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パドマ先生お願いしますッ!
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※手前のおじさんはヤンペルに似てますが、ヤンペルではありません。


創一馴染んでる~!!
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ん・・・?




・・・・・・・・?
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!!
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ということで、無事に初登校を済ませた創一。



ただいま絶賛スクール中です。


3時半に迎えに行くのが非常に楽しみです。
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| ラダック式?子育ての事 | 14:07 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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チベットの新年です


ロサルタシデレ!(新年おめでとうございます!)

ラダックには、ラダックの新年と、チベットの新年と、西暦の新年があります。

先日はチベットの新年でした。

私達もチベット人の友人のところに招かれ、お祝いムードを楽しみました。

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気合の入ったチベットの新年。

ヤンペル曰く「チベット人たちの新年への気合いはラダックの人たちの新年への気合いとは比べ物にならない」とのこと。

揚げ菓子に、超伝統的なバター入りチーズ、クッキーにパンにビールにジュースに、レーズンとかナッツとかと一緒に甘く炊いたご飯とか、バター茶とか・・・。

確かにあまりにもいろいろな気合の入った伝統的な食べ物が出てきすぎて胃袋がおかしくなりそうでした。



ちなみにチベットの新年は、非常に神聖な時期と考えられるので、お酒とお肉はしばらくお店で買うことができません。

レストランでもお肉がでなくなりますので旅行者の皆様、どうか驚かれませんように。

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メインバザールホコ天に


少し前から、レーのメインバザールの車の通行が禁止になり、歩行者天国になっています。

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車を気にせずに歩けるのは本当に嬉しい。


地下に汚水の排水設備を作るために、地面を掘り返す作業が行われるとか何とか。

地元の人にも観光客にも優しく感じの良いメインバザールに生まれ変わってくれることを心から祈っています。


歩行者天国になったレーのメインバザールは、劇的に歩きやすくなっていました。

その代わり、メインバザールの周辺には、メインバザールに入れない車が停まりまくりで、大変なことになっていました。

冬でこの駐車ぶりだったら、各地に駐車スペースを増やすと入っているけれど明らかに夏は超大混雑。

カーラチャクラまでにメインバザールの工事は終わると言われていますが、まだ始まってもいないのに本当に終わるのだろうか。

うーん、心配です。


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母緊張


母緊張。

創一は明日3月5日から、スクールに通い始めます。


ラダックパブリックスクールという学校です。

一クラスに3-4歳の子供が50人もいるらしい。

担任の先生は、パドマ先生。

このパドマ先生は、実はヤンペルがレーで学校に通っていた時に何年もお世話になっていた家の方で、ヤンペルにとっては血の繋がらないお姉さんのような存在なのです。

ちなみにそのお家は、人口氷河を作ったチェワンノルペルさんのお家です。

パドマさんは本当にいい人で、私がラダックに来てからお世話になりっぱなし。

ヤンペルがラダックパブリックスクールを選んだのは、パドマ先生がいるから。

勝手の分からない外国人母は、パドマ先生に見てもらえるということで、大変安心しています。

彼女は私が厳しく甘いものを制限していることも知っているし、日本に一時帰国したりするときにも理解してくれると思うし、なにかと嬉しい事が多いのです。

昨日も学校に用意するものなどを聞きに家族でお家を訪問してきました。

パドマ先生から聞いたことは以下のとおり。

・3月はじめは寒いから制服は2週間後ぐらいからでいい。

・暖房設備が全くないから、厚着をしていく必要あり。

・文房具は全部学校で買えるから、気合入れて持ってこなくてもいい。

・初日は普通の親は子供を送ってすぐに帰る。私は外国人母で不安もあるだろうからちょっとは見ていってもいい。

・もし忙しくて定時に迎えにこれなかったら、パドマ先生の家に連れて帰るから安心して良い。

・お昼寝のシステムは無い。

・チョコレートとかチューインガムとか甘いものを親が持たせるらしい。

・朝は10時から、終わるのは3時半。

・学校始まって一週間は、子供はみんな泣きまくるらしい。

・バスのサービスもあるけど、自分たちで送り迎えをしてもいいらしい。

・もし転校とかさせなかったら、10年はこの学校に通うらしい。


・・・・・・・・・・・・。

制服は最初の2週間は着なくてもいいと言われましたが、用意しておこうと今日レーのバザールにある制服売り場に出向きました。



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ザ・大混雑。

ヤンペル「制服ふたつください」

店のおじさん「売り切れてる、明日入荷するかもね」



さて、学校について私にとって気になることの第一番は、チョコレートとチューインガム。

学校にいきはじめると、いくら私がコントロールしたくても甘いものに慣れ親しんでしまうと思っていたから、学校に通わせるのを遅らせてここまできた私。

口を酸っぱくして、チョコレート食べたらなまはげとか雷様がいっぱいうちに来るからねと言っているのですが、はたして創一は耐えきれるか。


いろいろ考えた結果、家でも食べさせている手作りのお菓子を持参させることに決めました。

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さっき一緒にクッキーを作りました。

創一「パドマ先生に母ちゃんと一緒に作ったって言っておすそ分けする」


さて、明日はいよいよ初登校です。

運動靴も新調したし、創一は「僕は泣かないよ、チョコレートとか甘いおやつは食べないよ、ちゃんとみんなにジュレーって言える」と言っているし、差し障りのなさそうなお弁当も用意してあるしとりあえず準備万端。


・・・・・・母は緊張で眠れません。


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ひとつき以上前のことですが



諸事情あって、ブログで報告できずにいたことがひとつあります。

実はわたくし、1月末にレーの総合病院に2泊3日入院していました。

すごい高熱と喉のただれがおこって、3-4日家で苦しんでいたのですが、あまりの異常な体調についに病院へ。

秋生の出産の時、そして創一の骨折や秋生の手術での入院の時などは病院にお世話になっていましたが、私自身の体調のことでレーの病院に行ったのはこちらに引っ越してきてから初めてでした。

私はもともと体がものすごく丈夫で、わりとどんな状態でも病院に行くことはしないのです。

ところが、今回は私が「病院には行かないよ」と言っても、夫ヤンペルに強要されて病院へ向かったのでした。

夫に創一と秋生を見てもらって、病院へはスタッフのギャツォさんについてきてもらいました。


2-3日何も食べていなかったので、めまいがするし、よろよろする。

気持ち悪くてオエオエ言っている私を見て、待合室の患者の皆さんが「ドクター、この人先に見てあげて」と言ってくれたほどでした。


そんなこんなで、診察を受けるとドクター私の喉を覗きこむや即「今すぐ入院」と。

ということで、なんの用意もしていませんでしたがそのまま入院することになったのでした。


風邪がこじれたか、感染症か何かよくわからないのですが、例の大部屋(秋生の手術の時を思い出す、秋生の出産の時を思い出す例の大部屋・・・)に入ることになりました。


私の突然の入院で哀れ秋生は完全断乳。

これまで好き放題おっぱいを飲みまくっていたのに、突然否応なしに卒乳へ。

完全母乳で育てていたため哺乳瓶など家には一切ございません。

牛乳と離乳食でヤンペルが乗り切ってくれたことには大変感謝しています。


2泊3日の入院中にドびっくり体験を山ほどしましたので、それについてはおいおいブログで報告させていただきたいと思っています。


今はもちろん元気に過ごしています。


ただひとつ不思議なのは、退院してから全身の皮膚が全部むけはじめ、今は最後に残っていた足の皮がべろべろと剥がれていること。


あまりの高熱のせいか、はたまた大量の投薬と点滴のせいかよくわかりませんが、今までの人生の中でこんなことは起こったことがなかったので本当に謎です。
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作ってます


またヨーグルトを買ってきて、クリームチーズを作ってます。


50ルピー(100円弱)分買ってきたヨーグルトを全て使用。


前回は貴重なコーヒーフィルターを使ってのクリームチーズづくりだったのですが、今回は節約で漉し布を使って吊り下げ方式にしてみました。


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ホエー
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クリームチーズは芸がないけどもちろんチーズケーキに。

ボウルにたまったホエーはチキンカレーを作るときに使います。

明日の朝が楽しみです。

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ほうれん草チーズカレー


昨日宣言したとおり、作りましたほうれん草チーズカレー。


スパイスたくさん入れて、なかなか美味しく出来上がりました。

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またほうれん草が手に入ったら、再度このカレーをせっせと作ります。


チーズ(パニール)はお手軽に缶詰を使いました。

次はイスラムのおじさんの手作りのお店のチーズ(パニール)を使います。

その次は、外界と陸路が通じてレモンが手に入ったら新鮮な牛乳を使って手作りのチーズを作りたいです。




--おまけ--

お日様が出ていてつめたい風が吹いていない時は外で遊ぶのが嬉しい二人

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開校


長男創一の学校ですが、ようやく開始日が分かりました。


2月中旬に始まるとか、28日からだとか、様々な情報に惑わされましたが、どうやら3月5日開校で確定だそうです。



制服買わなきゃ。


お弁当さすがにおにぎりだと先生がひくかな。

お弁当作りはヤンペル担当にしようかな、でもヤンペルの料理脂っこいしな・・・。


初日は私もついていって創一がどんな学校に通うのかしっかりと見てきたいと思います。


少しドキドキワクワク、そしてだいぶ寂しい気持ちの私です。

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春近し



今日は我が一家にとって記念すべき一日でした。

冬の間10月初めからずっと止めていた水道管に、水を入れました。


まだまだ寒いので全ての水道管というわけには行かず、日当たりの良い方の水道管のみ開放しました。


キッチンは日当たりの悪い場所にあるので、キッチンの水道からはまだ水が出ません。

排水もまだです。


でも、本の一部の蛇口からでも水が出ると、本当に感激。

水洗トイレが使えるようになったので、寒い寒い思いをして外のトイレに行かなくても良くなりました。


思い返してみてもこの冬は本当に暖冬で、しもやけになりはしたもののいつもの年より明らかに軽い感じでした。

チャダルも例年より早く河の氷がとけて終わったし、なんだか不思議な冬でした。


もちろんまだまだ朝晩はマイナスなのですが、朝のどんなに叩いても割れなかった分厚い氷も徐々に薄くなってきていて手で割れるようになりました。

いたるところに春近しという雰囲気が漂っています。


春の到来にともなって、私達の旅行代理店もどんどん忙しくなります。

3月も2月に比べてお客様からの予約が多く入っているし、改めて気合の入る今日このごろです。


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